大学生バックパッカーのイラン旅行記(エスファハーン編)

大学生バックパッカーのイラン旅行記(エスファハーン編)

〜イマーム広場・世界の半分。チャイと虹〜 2005年1月

エスファハーンへ到着した。時差ボケもあってかなり疲れていたけれど、空港から見える飴細工のような綺麗な建物が疲れを癒してくれた。

空港からタクシーで街へ向かう。偶然日本人の年配の方がいて一緒に宿へ向かった。アミーレ・キャビールという宿が一番安いようだった。タクシーから降りたときイラン人が「おい、財布を落としてるぞ」というジェスチャーをした。財布を落としたこと自体がこの旅行を台無しにしてしまいかねなかったので一安心したのと同時にありえないくらいいい人間だと思った。どうやらインド人とは違うようだ。インド人だったら絶対にそのまま盗もうとするだろう。これだけでももしかしたらイランはインドとは違う国なのだと思った。

宿で少しだけ休んで、観光に出かけた。イマーム広場という目玉の観光地へ向かった。ここはアッバース大帝の時代のペルシアで世界の半分とまで言われた豪華な広場といわれている。

綺麗だった。なんというかヨーロッパのような豪華さはないけれど装飾が一つ一つオシャレだった。広場の周りにはペルシャ絨毯の店やチャイハネ(日本風に言えばカフェ?)が会ってエキゾチックだった

イマーム広場

イランのチャイハネ

アザーンの音が聞こえてくる。アザーンとはイスラム教における礼拝(サラート)への呼び掛けのこと。「神は偉大なり」という意味の「アッラーフ・アクバル」の四度の繰り返しから始まる音楽のような呼びかけのようなものである。イスラム国家ならではのものだ。こんな世界があるんだ。まるで自分には未知のものだった。

時間になるとイマーム広場のモスクの中で、礼拝をしている。こんな宗教があるんだ。。日本ではイスラム教は危険とか怖いという印象があるけれど彼らはみんな優しそうだった。むしろ日本においてのテレビや新聞などのメディアの情報が偏っている気がした。



翌日、アレンビー橋を散策した。

アレンビー橋

この辺はほとんど人もいなく、のどかで散歩するのに最適だった。河をまたいで虹がかかっていた。綺麗だった、、、なんか幸せだった。ここに来て本当に良かったと思った。

疲れたので近くのチャイハネへ行った。ペルシャ絨毯に座りチャイを飲んだ。インドのチャイはミルクティーだが、イランのチャイはストレートティー、砂糖も四角い角砂糖ではなく飴が星型や三角に切られていてものすごいオシャレ。センスがいい。チャイ・ペルシャ絨毯・そして水タバコ。幸せだった。ここの店員も優しい、日本人と分かると優しく話しかけてくれる。こっちが恥ずかしくなるくらいに純粋にこっちを見てくる。そしてあまりできない英語で話しかけてくる。イランは好きか?と聞いてくる。このピュアさがたまらない。

イランのチャイハネ

こんな優雅な国なんだ。自分の持っていたイランのイメージが完全に崩れた。全然怖くない。恐ろしい人なんてどこにもいない。ただただのんびりとした空間と美味しいチャイとピュアな人がいるだけだ。

時折、日本語で話しかけてくる人がいた。石油の関係か分からないけれど日本にいたことがあるイラン人が多かった。インド人と違う、騙そうとして日本人からお金を取ろうとしているわけではない。ただ、日本が好きだから、日本人に感謝しているからという感じだった。こんな風に思ってくれているイラン人に対して日本人はなんで危険なイメージを持っているんだろう?少しだけ悲しくなった。

アミーレキャビールには何人か日本人の人がいた。世界一周している人、チャリでユーラシア大陸を横断しようとしている人、こんな事ってできるんだ。世界は広い。自分の視野が広がった思いがした。

エスファハーンは何もかもが最高だった。こんな素敵な場所がこの世にあるんだと思いながらテヘラン行きの飛行機に乗った。

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