大学生バックパッカーの東ヨーロッパ旅行記(ドイツ/ミュンヘン・ベルリン・ワイマール)

大学生バックパッカーの東ヨーロッパ旅行記(ドイツ/ミュンヘン・ベルリン・ワイマール)

〜ドイツ放浪〜 2006年1、2月

ミュンヘンには何日か滞在した。この街は過ごしやすい、人が多く先進国の大きい街だけあって寂しさをまぎらわせることができる。一人旅をしているのは一人になりたいからという理由もあるけれど一人が長く続くと寂しくなる。そんな中、この街は安心できる。

ただ、お金がなかった。ドミトリーでも25ユーロか30ユーロくらいする。日本円に換算したら一泊3000円は楽に越える。朝食は宿代に含まれていてビュッフェになっていたから問題なかったが、昼食と夕食は厳しかった。スーパーにいき、ソーセージを2ユーロで、フランスパンを1ユーロで買って食べ、時には朝食をビニール袋に拝借して食べるということをやっていた。真剣にお金がないということもあるが、それ以上にそんな貧乏旅行をしているのが楽しかったということもある。

ミュンヘンの市庁舎
ミュンヘンの市庁舎

とりあえずどこに行くかを決めなければならない。地球の歩き方を見て作戦を練っていると、ドレスデンという街の写真が綺麗な感じがしたのでとりあえずドレスデンを目指してそこからチェコに入ることを決めた。

ニュルンベルグ・ワイマール・ライプチヒを経由してドレスデンへ向かった。 それぞれで観光をしたが、ニュルンベルグもワイマールも特に何もなかった。地球の歩き方に載ってるカイザーブルグやワイマール憲法の発祥のモニュメント、ゲーテの家などの観光地にも行ってみたがあまり感じ ることもなかったし、どこもほとんど人もいなく、寂しい感じがした。ミュンヘンとは違い、この寂しさは宿でも同じだった。ドミトリーに誰もいない。大部屋に一人である。日本人はおろか地元の人間もだれも宿泊 していない。レセプションも客がこないせいかまったくやる気がない。ある意味快適ではあるが、一人はやはり寂しい。

ワイマールからライプチヒに行く列車に乗ろうと駅で待っていたが、いくら待っても電車がこない。回りの観光客や地元の人もイライラしているようだった。どうやら電車遅延のようだ。駅員は文句を言われながらも堂々としていて笑っている。日本と全然違う。駅員が遅延したお詫びに、待っている乗客に紅茶を配っている。寒いところで飲む紅茶はなんでこんなに美味しいんだろう?と考えると幸せな気分になった。

ようやく列車は出発した。疲れていたせいか、車内で眠った。 気がついたらアナウンスでベルリンと言っていた。ベルリン????ベルリンってあの首都ベルリン??。東西ドイツの統合の象徴であるベルリンの壁の崩壊のあのベルリン??「ベルリンってどこにあったっけ?」と思い地図を見た。ライプチヒよりも思いっきり思いっきり北にある。

・・完全に寝過ごした

まぁいいかと思い、ベルリンで下車した。折角だからベルリンを少しだけ観光していこう。最悪ベルリンで一泊してからライプチヒスルーでドレスデンへ向かおう。

ベルリンはミュンヘンよりもさらに都会だった。古い教会や聖堂がある一方で、近代的な建物も多く見られる。名前は覚えていないが、戦争で半分くらい焼けた教会があった。一瞬見ただけでは、ただの焼けた教会だが、何か特別なアート的なものを感じる。

戦勝記念塔のような建物が地球の歩き方の載っていた。展望台になっていてベルリンの街が一望できるとある。ここに登ってベルリンの街並みを高いところから見ようと思って行ってみたものの、エレベーターやエスカレーターのようなものは一切なく、すべて階段である。ここまで来て引き返すのも嫌だったので、バックパックを背負ったまま階段を上り続けた。きつい。体力がなくなる。はぁはぁいいながら登っていった。頂上にいたときには体力の限界が来ていたが、ベルリンの街並みを一望すると疲れはどこかに飛んでいった。すばらしい景色だ。プラチスラバ城から見た景色よりさらに良かった。

一泊することも考えたが歩いても宿が見つからないこと、宿の料金が高そうだったのでそのままドレスデンに移動することにした。ベルリンの滞在時間3時間ほど。1ヶ月でかなりの国と地域を回るのだから少しハードに動かないと。。

焼けた教会
焼けた教会
ベルリンの壁のモニュメント的なもの
ベルリンの壁のモニュメント的なもの
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